社団法人兵庫県鍼灸師会会長 惠美公二郎 からのメッセージ
本会は、10年余前の忌まわしい震災から一日も早い復興を目指し、“冬来たりならば春遠からじ”の言葉を信じつつ、会員各位の懸命の努力を持って20世紀最後のステージを見事に締め括り、輝かしい21世紀の幕明けを迎えることができました。
即ち、大正13年当時の先輩が辛酸を舐めた鍼灸師の養成施設設置と、昭和26年の法人設立以来49年間の集大成とも言うべき会館建設事業という難事業中の難事業を成し遂げることができたのであります。
養成施設設置に関する歴史は、大正9年、日本鍼灸師会本部(藤林孝吉会長)が大阪で創立されたときに始まります。
この会を中心にして鍼灸師の身分法改正運動を進めることになりましたが、身分を医師と同格にと主張する以上、それなりの教育制度でなければならないとして、山崎鍼灸学院(山崎良斎校長)、上谷鍼灸学院(上谷露月校長)、大塚鍼灸学院、 杉尾鍼灸学院(杉尾喜蔵校長)、神戸鍼灸学院(大橋源蔵校長)が次々と開校しました。
大正13年にはこれらの学校を合併し、専門学校令に基づく兵庫県鍼灸専門学校を設立することになり、開校に必要な書類を調えて文部省と内務省へ提出したものの、施設、設備、教員などの諸条件を満たすことができなかったため、開校間際になって文部省の認可が得られず、計画は挫折しました。
その後、学校設立計画は野晒し状態で放置されていました。
昭和50年に恵美直芳会長(当時)等が学校設立を試みましたが、時の運非ず、計画は実現しませんでした。
平成7年4月、前会長佐伯正史が会長に就任し、学校設立の動きが再び始まりました。
社団法人兵庫県鍼灸師会は定款にも掲げている通り事業目的を以下のように持っています。
(1)鍼灸術の医学的研究に関する事業
(2)鍼灸術の振興に関する事業
(3)鍼灸師の資質の向上及び相互扶助に関する事業
(4)鍼灸師の養成に関する事業
(5)その他前条の目的を達成するために必要な事業
この中で着手できていない(4)鍼灸師の養成に関する事業を何とか実現させたいというのは歴代会長の夢であり、師会の大きな課題でもあったわけです。
平成9年8月27日、福岡地方裁判所で画期的な判決がでました。即ち、柔道整復師の養成施設を設置しようとした者が厚生省へ認定申請したところ、厚生省はこれを認定せず、申請者はこの処分を不服として厚生省を訴えました。
福岡地裁は理路整然と厚生省の言い分を退け、原告側の訴えを認めたのです。 この判決に対し、厚生省が上告しなかったため判決は確定し、以後厚生省は、認定規則の条件さえ満たせば設置を認める方針に転換しました。
これを受けて柔整学校及び鍼灸学校の新設が続くわけですが、情報収集に精を出していた本会幹部は、福岡地裁判決後具体的な構想策定に入り、学校設立への確信を深め平成11年1月24日の理事会に鍼灸学校設置を提案しました。
その後の紆余曲折がありましたが、平成12年7月13日、いよいよ厚生省へ認定申請書を提出し、平成13年3月20日付厚生労働省発医政第270号により、認定書が交付され開学に至ったのです。
私達は何故ここまで「鍼灸師養成施設の設置」を切望したのか。
一般に考えると「自分達のライバルとなる後輩鍼灸師の養成をするのか。」と疑問をもたれることでしょう。
前述の「身分を医師と同格にと主張する以上、それなりの教育制度でなければならない」という大前提で開校され認可されている専門学校も、時間の経過と共に国家試験に合格するための学校と様変わりしているようです。
本来国家試験を合格すれば多少の研修は必要としても一人の臨床家として患者と向き合わなければなりません。
しかし、本会に入会してくる鍼灸師の中に「学校では臨床について教えてもらう機会がなかった。 この会で是非臨床を学びたい」との希望を持つ者が多くなっています。
鍼灸への評価は、30数年前と比較して数段上がったように思いますが、鍼灸師への評価はどうでしょうか。
冷静に判断すれば容易に判りましょう。
その責任は、押し並べて鍼灸師の側にあることを自覚する必要があります。臨床のできる鍼灸師、患者から信頼される鍼灸師となること、また育てることが必要です。
それゆえ、国家試験に受かることを目的とするのでなく、臨床家になることを目的とした学校の設置を望んだわけです。
国家試験の科目となる教科は教員に任せるとしても、臨床経験の豊富な本会の会員の手を借り、臨床ポイントを修得できるように、そしてさらに優れた医術として次の世代へ伝承していきたいと考えます。
最後に、本会は「県民の福祉向上に寄与すること」を目的として設立された団体であることを再び強調しておきたいと思います。
これは先輩批判となりますので申し上げ難いことですが、私たちの先輩の大部分は自己中心的であり、僅か一握りのサムライ的鍼灸師によって公益性を守り、業界の発展を支えてきたという経緯があります。
この事が即ち、今日の鍼灸の停滞を招いたと断言しておきます。
私たちはこの轍を踏んではなりませんし、後輩にも踏ませてはなりません。
私たちは、真剣に鍼灸医術の発展に一人ひとりがそれぞれの立場で寄与する義務を負う鍼灸人であります。
私たちの後に続く多くの学生も私達と共に夢を叶えるために、そして何より県民の健康福祉に寄与するために、鍼灸医療人として 一体何を為すべきかを、今一度真剣に考えていきたいと思います。






